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パテスへの想い

野山を駆けまわった…。川で泳いだ…。かくれんぼをした…。夕焼けをみて、友達に「さようなら」といって家路についた。
遊びの中から、私たちは多くのことを学び、そして成長しました。その根っこにあるもの、それは「楽しむ」です。今、遊びが失われています。学びの場が失われています。成長の場が失われています。「楽しみ」が失われています。

みんなで遊んで、みんなで楽しむ。そんな場をみんなで作っていきましょう。
障がいという個性をもった子どもたちの遊びの場は、ますます減ってきています。子どもたちと共に遊び、ともに楽しみましょう。
そしてその先には、…みんなの笑顔…が待っています。

もらってくれてありがとう

「障害」。ふだん何気なく使っているこの言葉。「障害」「障がい」「障碍」。さまざまな言葉でも表現される。「障害は個性」ともいわれる。「障害」の本当の意味はなんなのだろうか。
桜の花びらが散り、若葉が顔を出しはじめた頃、私の娘は生れた。はじめて授かった子であった。出産の翌日に病院に行くと、
「先生、おめでとう。男の子?女の子?」
Aちゃんのお母さんは私の娘の出産をとても喜んでくれた。Aちゃんは先天性ミオバチーで、生れてからほとんどを病院で過ごし、気管切開をして人工呼吸器をつけて日々過ごしていた。なかなか外に行くこともできない。お母さんは毎日病院に通っていた。Aちゃんは元気にそして一生懸命に生きていた。しばらく娘の話をした後、少しの沈黙の後、
「もしよかったらうちの子の洋服をあげたいんだけれど、もらってくれる?」
とお母さんから提案があった。Aちゃんはいつもブランドの服を身にまとっていた。
「ありがとう」と私がお礼をいうと、そのお母さんはさらにこうつけ加えた。
「先生、家に帰って奥さんに聞いてからにしたほうがいいわよ」
私は、その言葉の意味がわからなかった。家に帰り早速妻に服をもらえる話をすると、
「あら、嬉しい!」
と妻も喜んでくれた。さっそく次の日に病院でAちゃんのお母さんにそのことを報告すると、お母さんは、急にうつむいて手で顔を覆った。そして、ささやくような声で、
「もらってくれてありがとう」といった。その手の奥には、涙があふれていた。
 しばらくして、お母さんはぽつりぽつりと話しだした。涙の理由(わけ)を・・・・・。
 「友だちに赤ちゃんが生まれたときにね、Aの服をあげようとしたの。そのときに、やんわりと断られちゃって。だから、それから怖くなっちゃってね。ずーっと押入れの奥にしまっておいたの。でも、先生だったらもらってくれるかもしれないと思って、勇気をふりしぼっていってみたの」
 1週間後の土曜日、誰もいない薄暗いロビーで待っていると、お母さんがそのベビー服をもってきてくれた。両手いっぱいに段ボールを抱えていた。その段ボールをおくと、
「待っててね。まだあるの」
といって、また駈け出して行った。段ボール箱を抱えてきたお母さんはニコニコして、段ボールを開けた。段ボール箱いっぱいに入った色とりどりのベビー服は、お母さんがもう一度洗濯をしてアイロンをかけたのであろう。きちんとたたんであって、みんな新品のようにきれいで、そして温かい輝きを放っていた。再び服として生を受けたことを喜んでいるかのように。
 「お下がり」。私たちは、子どもの頃、お兄ちゃんやお姉ちゃんが着てきた服を順番に着て、それを親戚や友だちのお子さんにあげたりしたものである。服をあげるときには、そのお子さんの健やかな成長を祈り、そんな心も一緒に贈るものである。Aちゃんのお母さんは、誰よりも強くわが娘の成長を祈ったことだろう。私の娘たちはそんな想いのいっぱいつまった服を着て成長した。そして今日も生意気な口を利きながら元気に過ごしている。
 この出来事は、私が「障害とは何か?」を考えるきっかけとなった。私は、日々、障害児を診ている。だから、服をもらうことも抵抗がない。でも、私がこの仕事をしていなかったらどうであろうか。私も同じように断っていたかもしれない。Aちゃんのお母さんも同じことであろう。断った人、それは私なのかもしれない。
 われわれは、麻痺があったり、知的に遅れがある人がいると、「障害」という言葉でその人をくくってしまう。そしてあたかも別の世界にいるかのように壁をつくってしまう。でも、目が大きい人、小さい人がいるように、鼻が高い人低い人がいるように、運動が得意な人苦手な人がいるように、その「障害」も「個性」である。
 私はいつも「幸せの形」について考える。勉強ができていい大学いい会社に入ったら幸せなのだろうか?仕事で行きづまって、引きこもって、社会に繋がらない人もいっぱいいる。では、金持ちが幸せなのだろうか?世間がうらやむほどのお金を手に入れても、そのお金によってかえって不幸になる人もいっぱいいる。一方、外来で本当にうらやましいと思うようなほのぼのとした家族もいっぱいいる。「幸せの形」とはなんなのか。それは周りと比べることなく、自分にやってくる人生を受け入れ、感謝の気持ちをもって日々をすごすことではないのだろうか。人は平等ではない。でもどんな環境であっても、自分で「幸せの形」をつくっていくことはできる。
 「お下がり」のあの服は、今日もどこかで誰かを包み込んでいるだろう。健やかな成長を願う心とともに。

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プロフィール

静岡県出身です。伊豆の天城で山野を駆けめぐる少年時代を過ごしました。高校のときに井村和清先生の「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」という本に出会い医師を志しました。大学の実習で神経芽細胞種の子に出会い、小児科医になることを決めました。趣味は野菜作りです。野菜作りは医療と同じです。野菜は日々成長します。それを見守ることが大切です。野菜が元気のないときは必ず訴えがあります。その訴えを聴くことが大切です。その声に応えると驚くほど成長してくれます。肥料だったり、水だったり。でも手をかけすぎてもいけません。水を毎日やると根
の成長を阻害しかえって弱いものとなってしまいます。土が大切です。土は命です。常日頃から土に手をかけていると半年後一年後に形になって現れます。野菜は正直です。だから私は野菜作りが好きです。

連絡先:
島田療育センターはちおうじ
八王子市台町4−33−13
TEL:042-634-8511, FAX:042-634-8512
h.ozawa@shimada-ryoiku.or.jp
携帯:090-8506-1849

略歴

平成2年    高知医科大学医学部(現高知大医学部)卒業、浜松医科大学小児科入局
平成3年    都立八王子小児病院新生児科・小児科非常勤医師
平成5年    北友会勝田病院小児科
平成6年    国立精神・神経センター武蔵病院小児神経科レジデント
平成9年    都立八王子小児病院小児科
平成15年   島田療育センター小児科
平成23年4月 島田療育センターはちおうじ 所長

所属

島田療育センターはちおうじ

資格

医師免許 平成2年5月
医学博士 平成12年2月

活動

多摩療育ネットワークコーディネーター、八王子在宅重症心身障害児者の会代表、都立八王子東特別支援学校・花の郷指導医、ふきのとう・多摩藤倉学園・八王子児童相談所・八王子市教育センター・武蔵野児童学園・こらぼ稲城嘱託医、日野市発達支援センター医療スーパーバイザー、こあらくらぶ運営委員、埼玉療育園理事、日本医科大学非常勤講師、北里大学非常勤講師、日本小児神経学会教育委員・社会保険委員、日本小児科学会重症心身障害児委員、日本小児神経学会・日本重症心身障害学会評議員