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パテスへの想い

~この子らを世の光に~

「この子らに世の光を」ではない。

「この子らに世の光を」あててやろうといった哀れみの考えでなく、みな自ら輝く素材そのものであるから、みなで“共感”し、よりいっそう磨きをかけて輝かそうというもの。そして、障がいのある「この子ら」の存在そのものが世を明るくする光であり、その光に気づく人々を増やすのが自分たちの仕事。それが、故 糸賀一雄先生のおっしゃる『この子らを世の光に』である、と私は理解しているが、50年前も今も子どもたちとの関わりの「原点」はここではないかと考えている。

PATESSを通じて、みんなが共感し、みんなが様々な視点を持ち寄り、子どもたちがより一層輝けるよう、お手伝いできればと思います。

・・・5年後、10年後もっともっと「笑顔」が溢れるように。

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プロフィール

中学1年生。人生で初めてのターニングポイント。

「理学療法士」というなんだかよくわからないが、カッコよくて、爽やかで、サッカー小僧の相手をしてくれる男性と病院で出逢う。そして、その男性はサッカー小僧の祖母の「こころ」も「からだ」も元気にし、ぽっかり開いた「こころ」の穴を埋めていった。 生粋のおばあちゃんっ子であったサッカー小僧は、ただただ単純に嬉しくて、この時「理学療法士」になろうと決意する。

負けず嫌いなサッカー小僧は、小・中・高の12年間、一度も休まず、夢を追い続ける。(カッコ良さと爽やかさも同時に磨こうと必死に努力するが・・・)[好きな言葉は『年中夢求』]

医療大学に入学。「子どもの魅力」を教えてくれる恩師や、実習先の療育センターでの恩師との出逢い(この出逢いがなければ今の自分はないと言っても過言ではない)。これが人生二回目のターニングポイント。

そして、三回目のターニングポイント。「びわこ学園」に所属。 ここから葛藤しながらも、信じられないほど多くの方との出逢いが自分の考えと方向性を次第に明確にしていく。

~この子らを世の光に~ 「この子らに世の光を」ではない。 「この子らに世の光を」あててやろうといった哀れみの考えでなく、みな自ら輝く素材そのものであるから、みなで“共感”し、よりいっそう磨きをかけて輝かそうというもの。そして、障がいのある「この子ら」の存在そのものが世を明るくする光であり、その光に気づく人々を増やすのが自分たちの仕事。それが、故 糸賀一雄先生のおっしゃる『この子らを世の光に』である、と私は理解しているが、50年前も今も子どもたちとの関わりの「原点」はここではないかと考える。

カッコ良さと爽やかさは別にして、そんなことを想いながら、毎日子どもたちと遊んでいる。
いつの間にか、 おもいっきり遊んでいる。
おもいっきり勝負している。
おもいっきり応援している。
『顔晴れ』(がんばれ!)と。
おれも『顔晴る』。
負けず嫌いは変わっていないようだ。

所属

びわこ学園医療福祉センター草津

好きなこと

外で遊ぶこと。

苦手なこと

狭い所、無知(「無知の知」小学校の担任が教えてくれたことば)

論文・レポート・寄稿